一匹狼大学生クリの日常

俺はこういう人間だ

偏見は悪い = 偏見

はい、こんにちは

最近、大学ではジェンダー学やらを学んでいるクリなんですが、授業を受けててすごく引っかかった点があったので今回はそれをお話しします。

 

近年、多様性の尊重だとか社会的マイノリティへの偏見を無くそうといった事が盛んに叫ばれていますよね。

具体的に言えば、異性愛や身体の発達の違いに基づく性差が生物学上、至極真っ当とされてきた中、LGBTといった性志向が異なる人の存在も認知されてきた為、これまでの先入観をなくして違いを受け入れようといった事ですね。

他に例を挙げれば、男女格差や人種差別等色々とあると思います。

(※そもそもLGBTと俗に言われる人をLGBTと包括するのも本人達からしたらあまり好ましい事ではなく、各々一人の人間として見てほしいとの意見もありますが、今回は議論上LGBTとさせていただく事ご了承ください。)

 

そして、僕の中では、

今までLGBTの人は性の割り当てを強制されてきたりだとか、異質な存在として見られて生きづらい生活を送ってきた。⇨それぞれ個人の価値観で物事を選択できる世を形作っていくべきだし、また、そういった偏見をなくして、違いを受け入れよう

というこの一連の流れに関しては合点がいきます。

 

ただ講義で他の人と議論をしていて何か引っかかったのは、

「偏見は良くないから...」

「偏見をなくすためには...」のような

偏見=悪っていう位置づけになっている?って事なんです。

なにか、"偏った考えを持っている人は悪い"といったような行き過ぎた思考に至っているような気がしたんですね。

 

僕としては"偏見=悪"=偏見じゃね?みたいな笑

 

というのは、偏った考えから相手に害を与えるといった事はもちろんあってはならない事ですが、偏見を持つだけなら良いのではないかと思うんです。

 

それもその人の意見であるし、

言ってしまったら、LGBTとか関係なしに、

「アイツ何か苦手だなぁ〜」

って考えることみなさんもあるでしょ。それだって偏見と言えるし、

「アイツの格好ダッサー」

っていうのも日常ではよく見かけますが、偏見と言えます。

そもそも万人から受け入れられる人間なんていないわけであって、好きな人もいれば嫌いな人もいる。それが正常だと思うんです。

偏見を持つだけなら、それもそいつの価値観なんだし、それを否定するのは違うのかなと。

 

また、これまでは不遇な扱いを受けてきた人間たちが、ここ数年でようやく容認され始めてきました。それは社会的に弱い立場にあった人間達が反発を覚悟で立ち上がって異議を唱え続けた功績だと思います。

しかし、いまだ差別はあるにせよ、マイノリティがマイノリティではなくなりつつあるというのが現状である一方、逆に言えばLGBT等に偏見を持つ人が徐々にマイノリティになってきているのかなと思います。

 

良い傾向ではあると言ってもいいとは思いますが、偏見=悪っていう意見が行き過ぎるとパワーバランスがただ逆になってしまっただけでマジョリティがマイノリティを貶める根本的問題の解決には至らないんじゃないかとも思いました。

 

 

では、この問題においてどうあればいいか?

僕の現段階の意見としては、

 

他人の事をいちいち気にしないこと。

さらには、

自分の考えが真理であるかのような勘違いをしないこと。

その自意識過剰がもとより偏見の始まりなんじゃないかと思います。

 

お前が偏見を持たないのが正しいと思えば持たなきゃそれでいい。

ただそうではない人も中にはいるって事を認めるべきだし、

さらに、自分に害を加えられた訳じゃないのに価値観を異にする他人にとやかく言う必要ないはずです。

 

そしてその結果的には、偏見なく違いを受け入れるという事が達成できるのではないのかなと思います。

例えば、他人を気にしないスタンスでいれば、LGBT等の人に対しても

「あ〜ああいう人もいるんだ。へ〜」

で終わるのかなと思うし、

他人に対して、

「アイツ嫌いだわ〜」

って思うことも減るんじゃないかと思いました。

 

でも、実際そんな世界になったら、他人に対して冷たい人間ばかり溢れる世界になってしまいそうという反論も生まれそうですがね(笑)

 

まぁとにかく何事もバランスが大事なのかなと。

偏見はダメだ!と否定をするというのはちょっと行き過ぎているんじゃないかなとそう思った所存でございや~す。