一匹狼大学生クリの日常

俺はこういう人間だ

真の利他的はあり得ない? 利己的と利他的は大同小異?

はい、こんにちは。

なんか今日は先日の台風で被災した地域のボランティア活動の報道を見ていてパッと思いついたことについて話します。

 

で、メイン論点はタイトルから分かるように、真の利他的はあり得ない?と。

またまた、わけわからんポイントに噛みついていきます。番犬ガオガオもびっくり。

 

はい、そもそも利他的というのは、

みずからの利益を犠牲にして他の個体を助ける行動。

引用元:世界大百科事典

 とされています。

 

ボランティアがまさしく適例で、苦悩している他者の為に見返りを求めず労働をする様を総称して利他的だと言われますね。

うん、素晴らしいことだし、予め言いますけど、僕はこの行動を否定したいわけじゃないですよ?(笑)(炎上フラグ)

 

今回僕が言いたいことは、利他的行動って別にみずからの利益を犠牲にしてるわけじゃなくね?と。

 

全部のボランティア活動がそうとは言い切れないと思いますけど、多分自分にとって何かしらメリットがあるからそういう活動をするわけであって、

最終的に言いたいのは利他的っていう概念見直した方が良くね?ということなんです。

 

例えば、今回は、高校生が、台風で家がぐちゃぐちゃになった老人の家の片付けボランティアをしていたのですが、

別に彼らを否定したいわけじゃなくて、フラットな頭で考えると、

言い方悪いかもしれないが、自分がボランティアしていることに気持ちよくなっている節だってあると思うし、

僕がひねくれているっていうのもありますが、ボランティアをしてきたっていう事実が学校の友達の間に広まれば、「あいつは良いヤツだ」と周囲からの評価が上がるといったことも考えられますよね。

また、よくある話ですが、"いい事をすればいつか自分に良いことが返ってくる"という下心丸出しの考えもボランティアの動機であると言えます。

 

みなさんもボランティアをする際こういったこと少しは考えたりしません?

こういったことって多かれ少なかれ自分にとってのメリットだし、

自分の利益を犠牲にして完全に他者の為を思って施しを与えるっていう行為はほぼあり得ないと僕は思ったんです。

 

そしてまた、僕がこういう考えに至った発端みたいなものがあって、それが次の話なんですけど、

僕の大学の知り合いにボランティア活動しているヤツがいて、そいつがボランティアをやる理由が就活でアピールポイントを作る為らしいんですね。

また、多くの大学生がやりがちなパターンなんですけど、ボランティアとしてカンボジアでやたら家を建てて、現地の子供たちとの写真をインスタ映えとしてインスタグラムにあげるパターン。

 

なんか僕はそれらに関してずーっともやもやしてて、

「ボランティア活動をすること自体は素晴らしいことだし、カンボジアに行こうと思った行動力等すごいと思うんだけどなぁ、、けど、これってボランティアって言っていいんかな?」みたいな(笑)

 

そして、今回のボランティアの光景を見て、「あっもしかして、そもそも利他的な行動なんてほぼありえないわけで、結局人間って自分にとってのメリットがあるから動くものなんだろうな」っていう自分なりの結論を導き出したっていうことなんです。

 

で、さらに、話は進み、

そう考えていったら、自己中心的・利己的って言葉は基本マイナスの意味で使われていると思いますけど、一概にそうとは言えないよねっていう考えも導き出せます。

 

というのは、ボランティアだとか一般的に称賛される行動に至らしめる根源は上で示したように少なからず各人間の利己性から来ている部分はあると思うからです。

まぁもちろん他人を害する利己的な考えや行動はこの話の中では論外ですよ。それは問答無用で悪いです。

 

ただ人間各々、ある程度の自己中心性(下心のようなもの)があるから他者貢献をしたり、自己犠牲を図ったりするはずなので、

利他的の概念を見直すと同様に、利己的であることは悪いといった概念も見直す必要があるのかなと。

そんな風に思った次第でございます。

 

このように考えれば、日本人が下手だとか言われる自己主張だとかのハードルも下がるといったメリットがあるんじゃないかなと思います。

自己主張は周囲から自己中心的だとか思われるかもしれないから辟易してしまうという事も一理あると思うので。

話が昇華しすぎかな?

 

まぁでも、本文の趣旨とはズレますが、結論一番思ったのは、やっぱりボランティアを純粋に評価できないっていう時点で、僕は思考歪んでんのかなぁとか素朴に不安を感じた22歳独身のクリでございます。