一匹狼大学生クリの日常

俺はこういう人間だ

賛否両論話題の映画 ”ジョーカー” 感想 既成観念が壊された ㊟ネタバレ

はい、こんにちは。

いんちきミーハー映画評論家のクリです。

話題の映画 "ジョーカー" 見てきちゃいました( `ー´)ノ

今日は記憶が新しいうちに"ジョーカー"が孕むメッセージ性や危険性について僕の考察をみんなにシェアしちゃうよっ。(脚組み)

 

ジョーカーが話題になっている理由

まず、この映画がなぜこんなに話題になっているかというとめちゃくちゃ考えさせられるんです。人によって様々な考察が生まれるはずです。これは。

実際僕自身も終わった後、頭がモヤモヤでいっぱいになりました。

追々詳細に話していきますが、

弱者への同情は痛烈に感じる一方、彼らの非道な悪行は看過できないという葛藤であったり、

現代の社会問題の諸々を再考させられた点や自分がいかに無自覚に生きているかを気づかされた点。

そして、実際この映画は弱者の非行を是認してしまうのではないか、犯罪を促す恐れがあるのじゃないかと問題視されていることでも注目されていますが、確かにそういった解釈に至りかねない怖さ。

鑑賞後はこのような様々な考えが混沌と頭を駆け巡ります。

これからそれらを整理しつつ、それを僕の考察ということで偉そうに語ってみたいと思います。

 

既成観念の破壊("笑い"の解釈)

主人公のアーサーは、なにか事あるごとに笑ってしまうという精神病の症状を患っておりました。人間は普通であれば、苦痛を受けたら悲しんだり、害を与えられたら怒ったりという反応をしますが、アーサーはすべての状況で笑ってしまっていました。ですから、当然のごとく「お前馬鹿にしてんのか?」とか「おい、笑いごとちゃうやろ」と言われ、異常者と見られていましたね。

でも、これは僕たちがいかに既成観念に縛られているかを、"笑い"という予想外の観点から僕たちに伝えようとしているのかと思いました。

というのは、そもそも笑いって人間特有であり、かつ、原因が分からない行動と位置付けられています。なぜなら笑いは自然に出てくるもので、意識的に生じさせるものではないはずです。また、痛くて笑っちゃう人がいたり、泣きすぎて笑っちゃう人とかもいたりと本来笑いのツボは人それぞれ異なるものです。

確かに、人が死んだのに笑ったり、相手が真面目に話しているのに笑ったりしたら、不気味、異常、不謹慎として捉えられることは仕方がない気もします。

ですが、これは、笑いは一定の状況では起こりえないという深く根付いた既成観念がもたらす偏見であり、これもある種のマイノリティ排除の一種であると言えなくないと思います。

ストーリー中で、ジョーカーが「俺の人生は喜劇だ」と言っていましたが、僕は、あれは「何に対して面白いかなんて人それぞれの価値観だ」ということを示唆していると考えました。

やはり根深い既成観念のもとでは病気と言えど理解されえない現実があり、今回ばっかしは"笑い"に焦点を当てたものの、それだけにとどまらず他にもこういった当然視の危険性を我々に投げかけているのかなと思いました。

 

弱者への理解を促す⇒ルサンチマンという考えに警鐘を鳴らしている?⇒結局悪循環になってしまう恐れが。。。

次に、ちょっとまとまってない見出しですが、ここではこの映画が危険だなぁと思った理由を話します。

というのは、この映画は、誰からも理解されず、他者から理不尽に虐げられる不条理の中で生きる社会的弱者の主人公が狂っていく様を取り上げることで、弱者に対する理解は鑑賞者に多かれ少なかれ響くような話の構成になっていると思います。

僕は、これをルサンチマンという考えが度を過ぎることに警鐘を鳴らしているのかなと思いました。

「弱者たちが強者へ憎悪の感情を抱くことをルサンチマンとして片付けるな」と、「実際にはこんなにも不遇な扱いを受けているんだぞ」と。「それでも弱者は強者に対して被害妄想をしているだけといえるか?」っていうことを伝えたいのかなと僕は解釈しました。

しかし、このように富裕層=悪、ジョーカーたち弱者側≠悪みたいな描き方をすると、結局のところ、鑑賞者(特に社会に対して何かしら不満を抱く者)は、「俺らが報われないのはやっぱりお前ら金持ちのせいだ」といったような典型的ルサンチマンを抱きかねないんじゃないかと思いました。

そういった点でこの映画が批判される意味は理解できる話ではあります。

 

承認欲求の不充足から生じるニヒリズム

どっかのシーンで、アーサーは「自分が本当に存在しているのか分からない」とか言っていたりと、この映画は承認欲求がひとつの大きなテーマであったはずです。

妄想の場面では、自分がテレビの舞台に立って注目を集めているシーンや、彼女らしき人がアーサーの隣にいたシーンがありましたが、全て"誰かから認めてほしい"という切ない承認欲求の表れでした。

そして結果、
誰からも理解されず、他者や家族からの愛情の実感がない⇒もうどうでもええわ、何しても俺に失うもんない⇒ニヒリズムの象徴のようなジョーカーが爆誕
といった一連であったように思えます。

けど、僕はこれが、通り魔事件を起こすような犯罪者を投影しているように思え、それによって一気に現実感を帯び、見過ごせない話であるなと思いました。

 

終わりに

上述したこと以外にも、トランプ政権の誕生の流れと重なる部分があったり、過剰な扱いにより結局障碍者を色眼鏡で見てしまうといった問題であったり多様な現代社会の問題と結びついてしまう箇所が散見されました。

また、何が善で何が悪なのか分からなくなるといった批評を見かけましたが、そもそも物事を善悪でカテゴライズすること自体がダメな気がするといったように、なんか根本的な考えがぶっ壊されます。

ホントそんな感じでめっちゃモヤモヤ感の残る作品です。

ただ変なヒーローもの映画より見る価値はめっちゃあると思いますので、興味を持たれたら是非見に行ってみてください。

けど、グロテスク苦手な方は注意です(笑)

f:id:kurikkus06:20191023214149j:plainでは、さいなら~。